コイルとコンデンサはエネルギーを蓄えることができます。コンデンサは電位差のある電荷としてエネルギーを蓄えます。コイルは磁界としてエネルギーを蓄えます。「電源からエネルギーを蓄える期間」と「蓄えたエネルギーを放出する期間」を交互に繰り返す回路を設計することで、全体として電源から取り出せるエネルギーの総和は同じであっても、瞬間的に取り出せるエネルギーの最大値を高めることができます。「エネルギーを放出する期間」は電源からだけでなくコイルまたはコンデンサからもエネルギーが取り出せます。これは、エネルギーの保存という観点からも矛盾しません。電位の低い多数の電荷を電位の高い少数の電荷に変換するのが昇圧回路です。変換時のエネルギー損失はありますが、瞬間的には電源電圧よりも高い電圧を取り出すことができます。仮にエネルギーを蓄える期間が放出する期間よりも十分に短く、昇圧しない通常の回路と同じ大きさの電流を流し続けることができた場合、電源として使用する電池は早く切れることになります。
本ページでは、コイルを用いた簡単な昇圧回路の電圧波形を、こちらのページで使用方法を把握したオシロスコープで観測します。とてもシンプルな回路であり、目的によっては昇圧用の IC を利用せずに済みます。ブロッキング発振回路とよばれる有名な回路です。
トランジスタのベース電圧値が一定周期でマイナスとなるため、トランジスタに電流が流れる期間と流れない期間が一定周期で交互に発生します。トランジスタに電流が流れる期間がコイルにエネルギーが蓄えられる期間です。トランジスタに電流が流れない期間が電源とコイルの両方からエネルギーを取得できる期間です。
単三乾電池 4 本を直列に接続して電源を用意します。トランジスタには、こちらのページと同様に 2SC1815 を利用します。ST-81 はコイルが二つ内蔵された小型トランスです。片方のコイルには端子が三つあり、もう片方のコイルには端子が二つあります。以下の回路では、端子が三つある方のコイルのみを使用しています。中心からタップが出ており、端子が三つあるコイルであればトランスである必要はありません。
http://schematics.com/project/blocking-oscillator-45407/
オシロスコープを直流モードのまま、トリガの設定 AUTO にします。ある電圧を立ち上がりまたは立ち下がりで越えた場合にトリガが掛かるように設定しておくと、以下のような波形が観測されます。
10V/div になるように設定した際のコレクタ電圧の波形です。使用している CH は A です。電源電圧 6V に対し、最大で 50V 程度まで昇圧できていることが分かります。データシートによるとコレクタ・エミッタ間電圧の絶対定格は 50V ですので一応許容範囲内ですが、33kΩ 抵抗の値を大きくすることでベース電流を小さくしたほうが安全です。また、ST-81 よりもインダクタンスの大きいコイルを利用して、同じ電流に対して蓄積できる磁界のエネルギーを大きくすると、エネルギーの蓄積期間および放出によって昇圧される期間がそれぞれ長くなります。
検証のため 33kΩ を 66kΩ に変更してみました。確かにコレクタ電圧の最大値が小さくなりました。
やはり検証のため、今度は 33kΩ のまま ST-81 を ST-32 に変更してみました。データシートにあるとおり、ST-32 のインピーダンスは ST-81 のインピーダンスの 1.2 倍です。以下の波形で分かるとおり、昇圧できる期間も約 1.2 倍になっています。
トランジスタのベース電圧値が一定周期でマイナスとなるため、トランジスタに電流が流れる期間と流れない期間が一定周期で交互に発生します。画像は 2.0V/div の設定で取得したものです。使用している CH は A です。電流が流れる期間は 0.6V 程度であり、電流が流れなくなる瞬間は -10V 程度まで降下していることが分かります。
初期状態ではコイルに電流は流れておらず、磁界は発生していません。電源 6V を入れると、ベース電流が流れ始めるまでは 33kΩ 抵抗における電圧降下は発生しませんので、ベース電圧は 0.6V を越えようとします。すると、こちらのページに記載したように、理想的にはベース電流に比例する大きさの電流が、トランジスタのコレクタ・エミッタ間に流れ始めようとします。
電源 6V と接続されたコイルの端子からトランジスタのコレクタに接続されたコイルの端子までの部分は、巻数が半分であり、インダクタンスが半分の部分的なコイルです。トランジスタのコレクタ・エミッタ間にベース電流の数百倍という大きな電流が流れようとすると、この部分的なコイルの周囲の磁界が変化しようとしますので、磁界の変化を打ち消すような誘導起電力が発生します。理想的にコレクタ・エミッタ間の電圧が 0V とすると、部分的なコイルに生じる誘導起電力は 6V となります。
このとき、電源 6V と接続されたコイルの端子からトランジスタのベース側に接続されたコイルの端子までの部分も、巻数が半分であり、インダクタンスが半分の部分的なコイルです。構造上、こちらのコイルの磁界はコレクタ側のコイルの磁界と同じ変化をします。電流の変化による磁界の変化ではありませんが、トランスの原理と同様に付近のコイルの影響による磁界の変化が発生しているため、こちらのベース側のコイルにも磁界の変化を打ち消すような誘導起電力が発生します。コイルの巻数は同じですので、こちらのコイルにも 6V の誘導起電力が同じ向きに発生します。ST-81 という小型トランスの片方のコイルを分割するとトランスのように振る舞うという、少しややこしい状況です。
33kΩ 抵抗のコイル側の端子には 12V 程度の電圧がかかることになります。
理想的にコレクタ・エミッタ間の電圧降下が 0V であるとすると、コレクタ側のコイルには常に誘導起電力 6V がかかることになります。誘導起電力は単位時間あたりの磁束の変化 (単位時間あたりの電流の変化) に比例しますので、時間経過とともに 6V を維持するためには電流が大きくなり続ける必要があります。トランジスタの特性としてコレクタ電流はベース電流に比例しますので、ベース電流が時間経過とともに大きくなり続ける必要があるということになります。ところが、抵抗 33kΩ のコイル側の端子が 12V のまま一定であるため、ベース電流の大きさには制限があります。小さな抵抗値にすれば同じ 12V であっても大きなベース電流が流せますが、やはり 12V のままではいずれ限界に到達します。
このため、コレクタ電流の変化が発生しなくなり、誘導起電力がやがて 0V になります。コレクタ側のコイルの磁界の変化がなくなれば、ベース側のコイルの磁界の変化もなくなります。先程まで 12V であった抵抗 33kΩ のコイル側端子の電圧は 6V に降下することになります。電流の変化はなくなりましたが、ベース電流の大きさ自体は大きくなったままです。そのため、33kΩ における電圧降下は一定です。先程まで 12V であったものが 6V に降下したとすれば、ベース電圧は大きなマイナス値となり 0.6V を維持できなくなるため、トランジスタは電流を流さなくなります。
コレクタ電流の大きさの変化がなくなり誘導起電力が 0V となったとしても、コレクタ電流は大きな値のままです。コイルは磁界の変化を発生させないようにするため、インダクタンスに応じた長さの間、このコレクタ電流を流し続けようとします。コレクタ電流が十分に大きくなっていた場合、1kΩ 抵抗および LED で発生する電圧降下は電源電圧 6V だけの場合よりも大きなものになります。LED が GND に接地されていますので、例えば 10V の電圧降下があったとすれば、コレクタ電圧は 10V になります。
同様に、ベース側のコイルは磁界を変化させないようにしばらくはベース電流を流し続けますが、時間経過とともに流れなくなります。すると、33kΩ 抵抗における 6V 電源からの電圧降下は次第に小さくなりますので、大きなマイナスのベース電圧はやがで 0.6V を越えようとします。再びトランジスタに電流が流れ始めようとします。昇圧期間が終了します。
出力部分にダイオードと電解コンデンサを接続して平滑化を行うようにしました。画像の黄色印の部分が追加した部分です。
電解コンデンサには静電容量だけでなく耐圧の表記があります。今回使用したものは 47μF、25V です。後述の通り平滑化を行うと約 10V になりますので許容範囲内です。ダイオードには 1S1588 を利用しています。1S1588 は現在では製造されておらず、入手できない場合は代替品を利用します。1S1588 は汎用の小信号用ダイオードです。逆方向電圧 Vr が 30V 程度あり、今回の用途としては十分です。
http://schematics.com/project/blocking-oscillator-45407/